被爆のマリア Ave Maria
1945年8月9日、原爆投下で崩壊した長崎・浦上天主堂の中央祭壇最上段に安置されていた保護者「無原罪の聖母マリア」です。
焼失されたと思われていましたが、終戦の年の10月、復員して立ち寄った野口嘉右エ門神父(北海道・厳律シトー会)が、焼け跡のがれきのなかにマリア像の頭部だけが焼け残って埋もれているのを見つけました。
今は浦上教会の「被爆マリア小聖堂」の祭壇中央に安置されています。
このマリア像はスペインの画家ムリーリヨが17世紀に描いた代表的な傑作「無原罪の聖母の御宿り」を基にして製作されたと、伝えられています。像は木彫りの寄せ木細工で、高さは2メートルでしたが、焼け残った頭部は26センチです。1985年にはバチカンでの「原爆展」で、2000年にはチェルノブイリ原発事故で大きな被害のあったベラルーシの首都ミンスクでの「世界被爆展」に展示されました。
(宗)カトリック中央審議会 カリタスジャパン 四旬節キャンペーン小冊子
長崎原爆の日:1000人が鎮魂のたいまつ行列
平和を祈り、被爆マリア像とともに浦上天主堂へと続くたいまつ行列=長崎市で2009年8月9日午後7時30分
64回目の原爆の日を迎えた長崎では9日夜、カトリック信徒たちによる「たいまつ行列」があった。参加者約1000人は、原爆で全壊した旧・浦上天主堂の「被爆マリア像」を聖座に載せ、原爆犠牲者たちに鎮魂の祈りをささげながら市街地をパレードした。たいまつ行列は被爆者や信徒の高齢化を理由に92年に途絶えたが、被爆60年の05年に復活。被爆マリア像は07年からパレードに登場するようになった。
平和公園での出発セレモニーの後、パレードは出発。浦上天主堂までの約1キロを参加者全員が聖歌を歌うなどしながら厳粛な面持ちで歩いていった。【蒲原明佳】
2009/8/10 毎日新聞
被爆のマリア様と ”たいまつ行列”
○浦上天主堂で早朝ミサ 信者700人聖歌合唱
長崎市本尾町の浦上天主堂では午前6時から原爆の犠牲となった信者を追悼する早朝ミサがあり、信者らが聖歌と祈りをささげた。
長崎原爆で浦上天主堂は崩れ落ち、犠牲となった信者は約8500人に上るといわれている。
早朝ミサには約700人が参列。小島栄主任司祭は「ある大国の大統領の核兵器削減の呼び掛けに世界中の人々が喜んでいるが、当然のことを喜ばなければならない状況に世界は陥っている。削減ではなく廃絶が必要」と指摘。「祈ると同時に、戦争をどうすればなくせるのか私たちにできることを考えなければならない」と訴えた。信者らは目を閉じて手をあわせ、祈りをささげた。平和への願いを込めて聖歌を合唱。清らかな歌声が聖堂にこだました。
8月10日 長崎新聞紙面より
ヴァチカンで 教皇様に祝別をうける
2010年4月22日 毎日新聞紙面より
平和旬間を迎えるにあたって
(日本カトリック司教協議会会長メッセージ)平和を願うすべての方々へ
「平和を実現する人々は、幸いである」(マタイ5・9)
今年も平和旬間が巡ってきました。前教皇ヨハネ・パウロ二世の広島での平和のアピールに応えて、日本のカトリック教会は8月6日から15日までを平和旬間として定め、平和について学び、祈り、行動するよう呼びかけています。(中略)
去る4月5日、米国のオバマ大統領はチェコ共和国の首都プラハで演説をし、核兵器廃絶を訴えました。これは画期的な発言であると思います。超軍事大国の指導者自身が、核兵器のない平和で安全な世界を追求しようと呼びかけたのです。オバマ大統領とアメリカ合衆国の、自国所有の核兵器廃絶の努力に注目したいと思います。またこの8月7日〜10日には、国家の枠組みを超えて核兵器廃絶の道を探るため、「平和市長会議」が長崎で開かれます。この「平和市長会議」には134カ国・地域の2963都市が加盟しているのです。これらの動きは重苦しい今の社会の中で希望の光となるでしょう。わたしたちは世界で唯一の被爆国に住む者としてこの核廃絶のために尽力したいものです。
このような非暴力や核廃絶の推進によって、核兵器や他の軍備のための莫大な資金を貧困撲滅、福祉、教育、暮らしの改善のために充当し、「剣を鋤とし、槍を鎌とする」(イザヤ2・4参照)ならば、真の平和が実現するに違いありません。
主の平和がいつも皆さんとともに!2009年8月6日
日本カトリック司教協議会会長
ペトロ岡田武夫(東京教区大司教)
戦争は人間の仕業です。
戦争は人間の生命を奪います。
戦争は死そのものです。
過去を振り返ることは将来に対する責任を担うことです。
広島(長崎)を考えることは核戦争を拒否することです。
広島(長崎)を考えることは平和に対しての責任を取ることです。
Giovanni PaoloU(John PollU)